全線下道で行くと大阪に行くくらいの時間を運転することになる。
なんで高速に乗れないのかが理解できない。
途中で1時間ちょっと休んで石巻に到着。
トイレ休憩で朝日が昇り始めた。
朝の石巻駅。
地図の入口付近の目印大川小学校に到着すると
想像を絶する光景が目の前に入り力が抜けた。
瓦礫は綺麗に片付けられ無くなっていたけど
どこまで津波が来たかが校舎を見れば一目瞭然。
校舎の前には慰霊碑が置かれ花束が供えられている。
到着してすぐエンジンを止めて両手を合わせ目を閉じた。
この写真の丘との間を津波が襲ってくるとは
正直誰も想像もしなかったと思う。
手前の大きな影が小学校の校舎。
津波が入ってきた場所は学校から4kmのこの場所。
丘との間の川と陸地はこれだけ広くい。
そして小学校のある場所もこんなに広い。
これだけ津波で流されてしまっては道路も無く
砂利積み重ねて通れるようにしている。
この丘に津波が当たり杉の皮は剥がれている。
今この瞬間に津波が来たら俺の車は完全に埋まってしまう。
小学校の裏側。
この裏の丘を子供に登らせることはまず不可能。
津波が来て人が死んで生き残った人は
『なんで逃げなかった』と言うけれど
俺が同じ場所に居たらその場に居たと思う。
会社にも1mくらいの津波で逃げるにも車は渋滞で動かず
どうしようもないからトレーラーの荷台に逃げたと言う。
そこから20mも津波が来たら誰も生き残ってるはずも無い。
当時、家に居てテトラが見えなくなるほどの
津波の状態を見ているだけで逃げもしなかった。
まさかくるとは考えもしなかった。
石巻と同じサイズだったら俺も生きてなかったかもしれない。
津波の跡地に行くといつも考えさせられる。
1年半も経ってるのにまだ普通に生活も出来ない。
そりゃうちの周りだってまだ道路が凸凹なのに
あれだけ瓦礫を片付けただけでも凄い回復。
明日の17時までに積まないといけない荷物があって
夜中でも積めるからそれに合わせて帰れば良い。
2時間の休憩をして走ってもう夕方。
フラフラしてきたからご飯を食べて仮眠。
22時に目覚ましをセットしたはずなのに
気づかず起きたら23:30だった。
慌てることはないけどそのまま出発。







